批判の方法

 物事について理論的に相手を批判するには、相手の考えや意見を正確によく知らなければならない。相手の事をよく理解しないで批判するのは、単なる誹謗中傷である。

 紀元2世紀から3世紀頃南インドに出現した、大乗仏教の哲理を確立したといわれているナーガールジュナ(龍樹菩薩)は、自らが著した中論という仏典の注釈書において、それまでの部派(小乗)仏教の哲理を論破しているが、実はその相手の思想をよく理解していた。よく理解していたというよりも、むしろ誰よりもその思想に精通していた。だからこそ真っ向から批判し論破し得たのである。

 紀元4世紀から5世紀に中央アジアに出現した、訳経(仏教の経典をサンスクリット語やパーリ語などの言語から漢語に翻訳すること)で有名な鳩摩羅什(くまらじゅう=クマラジーヴァ)は、母親と共にインドに留学し仏法僧となったが、その際多くの仏法における諸教義・諸思想を研鑽しよく理解した上で、自らは大乗仏教中観派の僧として出家した。

 紀元6世紀に中国に出現した中国天台宗の祖智者大師智顗(ちぎ)は、五時八経(仏典の完成時期を系統立てた智顗の思想)の教判を立てるにあたり、一切経に精通した。数ある仏典中法華経を以てその最高の教えとした背景には、一切経の理解という前提があったことは言うまでもない。

 紀元13世紀に日本に現れ日蓮宗の祖となった日蓮は他宗の教義を批判する前に、八宗兼学していた。

 然るに現代の世の中において他を批判する者は多いが、相手をよく理解せずして批判する事は、冒頭でも述べたが、それは批判ではなく単なる誹謗中傷の域を出ない。

 相手を批判する際は、相手の事を正確によく理解する、知る、という姿勢は、私達の実際の社会生活にも十分活用できる。普段からそういう姿勢を心がければ無駄な、ややもすれば感情的になるような諍いは激減するであろう。私達の実生活において、私たちはいろいろな立場に置かれる。私たちがその生活の中で相対する人々も同じようにいろいろな立場に立ち私たちと接しなければならない。そのような人と人との関係の中で意見や主張の相違や齟齬が生じた場合、相手の立場や状況を考慮する事なく、無闇矢鱈に相手を批判するのは、上述の如く品格や教養、思慮に欠ける行為であろう。

 一方で、常に互いに相手の立場や状況を理解する事に努め、相互理解の下で批判し合う状況のもとでは、そこに起こった問題や意見・主張の相違・齟齬を解決する可能性は大となり得るであろう。

 現代社会に山積する諸問題の解決に、正しい批判の方法が用いられ、多くの問題が解決する事を心から願う。先ずそれには、お互いに相手をよく知り、よく理解するということが重要である。

 

心安らぐジャズピアノをどうぞ…。

www.youtube.com