ナーガールジュナについて(その2)

龍樹菩薩伝2

 大龍菩薩の導きにより空の義を悟ったナーガールジュナは、南インドに送り返された後、そこで大いに仏教を弘めて外道を論破し、広く大乗の教えを明らかにして、その教えを説明する十万の詩句をつくり、また「荘厳仏道論」の五千の詩句、「大慈方便論」の五千の詩句、「中論」の五百の詩句をつくり、大乗の教えが大いにインドに弘まり行われるようにした。また「無畏論」の十万の詩句をつくったが、「中論」はその中に出ている。

 時に、よく呪術を知るバラモンがいた。その得意とするところによってナーガールジュナと争って勝利を博そうと欲して、インドの国王に告げて言った。
「私はこの修行僧(ナーガールジュナ)を伏すことができます。王様はそれを験してご覧なさい。」王は言った。
「汝は大いに愚か者だ。このナーガールジュナ菩薩は、聡明さでは日月と光を争い、智慧については聖者の心と並び照らす程であるのに、汝はどうして不遜にして、彼を崇敬しようとしないのか。」
そのバラモンは言った。
「王様は智者であるのに、どうして理をもってこのことを験そうとなさらないのですか。どうして彼が抑えられ挫かれるのを見たいと思わないのですか。」
王はそのバラモンの言うことがもっともであると思い、ナーガールジュナに請うて言った。
「明日の朝、あなたと一緒に政庁の宮殿の上に坐しましょう。」
彼のバラモンは後でやって来て、宮殿の前で呪術をなして、中に千の葉のある蓮華がある、大きく広い清浄な池を現し出して、自らその蓮華の葉の上に坐して、誇らしげにナーガールジュナに対して言った。「おまえは地に坐し、畜生と異ならない。それなのに、清らかな蓮華の上にいる大いなる徳と智慧をもつ私に抗してものを言い議論しようとするのだな。」
 するとナーガールジュナもまた、呪術をもって牙が六本ある白い象を、神通力をもってつくり出し、その象に乗って池の水の上を歩いて行って、そのバラモンの坐している蓮華の座に赴き象の鼻でバラモンを絞め上げ、高く挙げて、池の中に投げ打ったところが、バラモンは腰を傷付けてしまった。バラモンは従い額づいて、ナーガールジュナに敬礼して言った。
「私は、自ら身の程を知らないで、偉大な師であるあなたを侮辱しました。どうか、私を哀れんで、愚かな私を啓発してください。」

 また南インドのサータヴァーハナ王朝の王は諸国をすべて支配していたが、邪な宗教を信じて、仏道の修行僧は、その国で一人も見られなくなっていた。周辺の国々の人々も、皆その邪な宗教を信じさせられていた。そこでナーガールジュナは、心の内に思った。
「樹は根本を伐らなければ、枝が傾くことはない。それと同じで国王を導かなければ正しい道は行われない。」
その国では、王家が金を出して人を雇って王家の護衛をさせていた。そこでナーガールジュナは募兵に応じて、その国の護衛隊に入隊し、めきめきとその頭角を現し遂に護衛隊の将軍となり、戟をとばし隊列の前を駆け、隊の行列を整え、信頼を得、兵士の隊伍を整えた。ナーガールジュナは決して強者には見えなかったが、兵士に対してはその明晰な頭脳による明確な命令が下され、その目的がはっきりとしていたので人々は彼に従った。王は非常にこれを喜んで、
「この立派な将軍は誰であるか。」と問うた。侍者は答えて言った。
「この人は徴募に応じてやって来たのですが、上からの給米を食せず、金を受け取りません。しかしながら事が起こると、その問題を迅速に解決処理し、規律も正しく常に兵士の範となるよう行動するので、兵士達が彼の命令に従順に従いその行動を見習っているのです。でも彼が心の中で本当は何を求め何を欲しているのか、私にはわかりません。」
王はナーガールジュナを呼び出して問うた。
「お前は何者であるか。」
ナーガールジュナは答えた。
「私はすべてを知っている者、即ち一切智者であります。」
王は大いに驚いて、彼に問うた。
「一切智者即ち全智者というのは大宇宙に只一人いるだけである。然るにお前は自分がそれであると言う。どのようにしてそれを確かめてみようか。」
ナーガールジュナは答えて言った。
「私に本当に智があるかどうかを確かめたければ、私が如何にそれを説明できるかお確かめください。王様、どうぞ何なりとご質問ください。」
王は自らの心の中で思った。
「仮に私が知識ある大論説家となって、彼に質問して屈服させたとしても、私にとってはそれで名を高めるには足りない。またもしも彼に及ばないならば、それは唯事ではない。しかし、もしも私が彼に問わないならば、これはまた一つの屈服をした事になる。」
王は暫くの間ぐずぐずしてためらっていたが、やむを得ないので、ナーガールジュナに問うた。
「天の神々は今、何をしようとしているのか。」
ナーガールジュナは答えて言った。
「天の神々は今阿修羅と戦っています。」
王はこの言葉を聞いて、ナーガールジュナの言葉を否定しようと思っても、それを証明する事ができないし、またそれを肯定しようと思っても、はっきりと明らかに理解する事ができなかった。それは例えば、人が何か喉に詰まって、もう吐く事もできないし、また呑み込む事もできないようなものであった。
 王が当惑してまだ言葉を発しないうちに、ナーガールジュナはまた言った。
「これは王様か私のどちらが勝利を得るのかという、勝ち負けを決するための議論ではありません。王様は暫く待っておいでください。間もなく自ずから証拠が現れるでしょう。」
 ナーガールジュナがそう言い終わったところが、空中に、矛、盾などの武器が現れ、絡み合って落ちて来た。王が言った。
「今天から落ちて来た矛や盾は戦うための武器であるが、しかし、どうして神々と阿修羅が戦っているのだということを、お前は知っていたのか。」
ナーガールジュナが言った。
「王様は私がそれを確かな証拠もなく、ただそう言っているとお考えになっていますね。ところがそれには証拠があるのです。それをご覧になる方がよいでしょう。」
 彼が言い終わるや否や、阿修羅の手、足、指、及びその耳、鼻が空中から落ちて来た。そこでナーガールジュナは、そこにいる王、臣下、民衆、バラモン達に、空中を清らかに掃除して、神々と阿修羅との両軍陣が相対しているのを見させた。それを見た王は敬礼して、ナーガールジュナの導きに従った。宮殿の中には一万人のバラモンがいたが、皆束髪を切り捨てて、仏道の完全なる戒律を受けた。

 このようにしてナーガールジュナはその国に仏法を弘め、人々の幸福に寄与した。ナーガールジュナが年の瀬を重ねた頃、一人の小乗の法師がいて、ナーガールジュナに対して常に嫉妬と怒りを抱いていた。ナーガールジュナはこの世を去ろうとする時に、彼に問うて言った。
「あなたは、私がこの世に永く生きながらえていることを願っておられますか。」
その小乗の法師は答えて言った。
「実はあなたの長生きを願っていないのです。」
 そこでナーガールジュナは静かな庵室に入り、幾日経っても出て来なかったので、彼の弟子が戸を破って中を見たところが、彼は遂に蝉のもぬけの殻のようになって死んでいた。
 ナーガールジュナがこの世を去ってから今に至るまで百年を経ている。南インドの諸国は、彼のために廟を建て、敬い仕えていることは、仏陀に対するがごとくである。
 彼の母がアルジュナという名の樹の下で彼を生んだから、その縁によってアルジュナという語をもって名付けた。アルジュナというのは樹の名である。龍が彼の仏道を完成させたのであるから、龍(ナーガ)という語をもって名付けた。そこで彼の名を「ナーガールジュナ」(龍樹)というのである。

 

 ということで、以上が鳩摩羅什の龍樹菩薩伝の概要です。心からナーガールジュナを敬います。

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